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江戸時代の山科家と有職織物

平成30年(2018年)10月21日



講演第三弾は山科家と有職織物が中心テーマになりました。

源鳳院を建てた山科家とはどのような家なのか、また家職として守り伝えてきた装束の伝統とはいかなるものか、意外と正面から取り上げてお伝えする機会は多くありませんでしたので、講演前から期待が膨らみました。

講師の田中潤先生は、長年学習院大学を中心に、宮廷の服飾文化や門跡寺院の歴史等をご研究されています。とりわけ宮中の装束については山科流の衣紋を実際にされることから、知識と技術の両方を兼ね備えておられる方です。当日は東京からはるばるお越しくださいました。

家の歴史、装束の歴史、共に長く深い内容がありますので、これを講演時間90分あまりでまとめるのは容易なことではありませんが、田中先生は写真や映像を豊富にご紹介くださり、分かりやすく解説してくださいました。

講演でははじめに、家系図や古地図、古文書の内容等をもとに山科家の成り立ちからお話しされました。

家職として御装束の調進に携わるきっかけについて、山科家の当主が朝廷の経済の中枢を担う要職である内蔵寮(くらりょう)の長官、内蔵頭(くらのかみ)を世襲するようになったことについて触れられました。また、御装束調進とともに御服上げ「衣紋道」も重要な家職となり、その運営のための貴重な情報源として、歴代当主が残した日記類があることを具体的な記事を示してご説明されました。

続いて今に伝わる有職織物とそのルーツについてお話を展開されました。

現行の葵祭などの祭典で使用される装束の生地に見られる、色彩・文様・縫製等々が伝世の神宝御装束や絵画・工芸意匠を根拠に復元考証されており、それには厳密な考証が必要だと指摘されました。

その理由として、公家装束は律令という法律に規定された制服であることから、多様な記号性・象徴性・時代の好みが付与されることにより、着用者の身分・官位を着用する空間に対応して可視化する機能があり、強い政治性と社会性を持っていることを挙げられました。


すなわち有職織物とは単に美くしく洗練された工芸品であるだけではなく、身分制秩序を維持する被服の材料としての性格があり、その文様の種類や有無などには重要な意味と差異が含まれていることを読み取れるわけです。

このような宮廷の服飾は、応仁文明の乱や戦国の騒乱による財源の不足、織機と技術・知識の途絶という織物文化の衰退・混乱期を乗り越えて、公武の融和と幕府を背景とした朝儀復興に伴って再興されることとなります。その背景には長年にわたる学者の研究の積み重ねがあり、その成果が近代以降も伝わっていくことになりました。


明治以後には皇室が急速な欧風化の波にのまれながらも、伝統ある近代国家を目指す必要性を感じ、特に三勅祭(春日祭・賀茂祭・石清水祭)や皇室の祭祀・慶事などで宮廷装束の伝統がかろうじて保存され、現在にまで活きた形で伝承されてきたという歴史の流れについてもご説明がありました。

装束の文化が時代によって様々な変遷を経験しながらも、継承されてきたことの意義を改めて教えて頂きました。京都の代表的な産業である織物と関わり続けた家として、残された記録などと向き合いながら、現代に何を伝えていくべきかを考えさせられました。


講演当日はちょうど御即位の礼の一年前でした。すでに即位礼正殿の儀の日程が新元号元年の10月22日と確定するなど、徐々に準備が進んでいました。

講演の後半は平成の御大礼を振り返りながら、実際にお召しになられた様々な装束から有職織物を学ぶという内容でしたので、来るべき一年後の儀式を想像しながら拝聴しました。参加された皆様も特に関心を持ってお聴きいただけたのではないかと思います。

講演の中で登場した装束における服飾規定とまではいきませんが、現代でもTPOに適った服装が不文律であっても確かに存在しているという点では同じであり、衣服は人間の営みに欠かせない一つとしてある種の社会性を持ち合わせています。

個人的に似合うかどうかが問題とされ、時の流行を追いかけることが主流の現代においては、衣服に存在する意味やその材料がもつ力ということまで思いを巡らせることはなくなってきているのではないでしょうか。普段身の回りのある服についても、そのようなことを意識することもたまには必要なことではないかと感じました。

宮廷文化については専門的で難解な言葉が多くなりがちで、触れる機会がないゆえに、どうしても敷居が高く分かりづらいイメージをお持ちの方も多いと思います。

今後も講演では入門的な内容を大切にしながら、本質的な事を少しでもお伝えできればと考えております。



山科 言親






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